ドリームコネクトブログ

夢へと繋げていく。

コミュニケーションの細分化

コミュニケーションの細分化ということを学びました。

 

30代以上のおじさん(自分も含む)は電話する時はそのまま電話するが、20代はLINEその他で、「今話せますか?」と一言入れてから電話するのだとか。

 

 

また、会社などの固定電話恐怖症や、内定辞退セットが売れてるなど、価値観の違いを感じます。

 

電話の前のLINEは配慮ということもあります。

 

考えるに、親しさの度合いによるコミュニケーションがもっと細かくなったのかもしれません。

 

特に

あまり親しくない人(サークル、コミュニティで連絡取れる人、会社の同僚など。)や

初めましての人

 

とのコミュニケーションや人間関係構築が変わってきてるのかもしれません。

 

というより、このプライベートに踏み込まない層は昔からというか、人類…もしかしたらその前からずっと困っているのかもしれませんね。

 

自分も小学生から悩んでいて、たぶんこの方向だろうというのは見つけました。

 

 

コミュニケーションと人間関係、皆様のご意見を聞かせてください。

 

歴史とは命への感謝

僕は歴史が好きなんですが、常々考えるのは、

 

「なぜ自分は、歴史が好きなんだろう?」

 

ということ。

 

元々は父の歴史本を読むところから始まって、戦国武将・人物の生き方考え方に学んだり、具足や武器、城などの美しさに感動したり。

 

 

20年くらい前に父の座右の銘が、

「温故知新」

 

であると知り、この時点での歴史への答えとしました。

 

それは確かに間違いないんですが、まだ不足しているという思いがずっとありました。

 

 

最近読んだ、明智憲三郎氏の本には

こうあります。

 

「歴史に学ぶとは、自分とは異なる経験・思考・能力を有する先人の存在を認め、その人物に肉薄するかという精神活動。」

 

 

これは温故知新を深く掘っており、答えに近いと感じて携帯メモに保存し、時たま読み返しています。

 

 

最近、歴史書物に名が残る人の子孫に出会い、その一族について調べました。

 

何百年もの歴史を経て、今に至っている。

これは価値があることで、調べていてワクワクするわけです。

 

 

省みるに、自分はどうなんだろうと。

その人の血統には価値がある。

では自分とご先祖様には価値がないのだろうか。

 

そんな訳はない。

 

明治以降の足跡しかわからないものの、戦国〜江戸を当然生き抜いてきた訳で。

 

 

もっと遡ればいつの頃からか解りませんが、とにかく歴史を今に繋いでくれているわけです。

 

そう思った時に、顔と名前がわかるご先祖様はもちろん、全くわからない先人に感謝の念が湧きました。

 

今生きているこの命は、ずっと過去から伝えられて来た。

有り難い限りです。

 

そして、今生きている人は皆そういう歴史があるわけで、敬意を感じました。

 

歴史は今残る肖像画や建物だけではない。

生きていること、それは歴史の証明かもしれません。

 

歴史とは、命への感謝。

 

これは自分の信念とか哲学、探していた人生の答えの一つと言えるでしょう。

師の死から約1年

庭師の死から約1年経ちました。

 

亡くなる数日前に、「俺は静かに死ぬから自分を葬式に呼ばないし、連絡しない。」と言われていたので正式な命日はわかりません。

 

この時、北海道行きが決まっていて、わざと明るい楽しい話をしたのをよく覚えてます。

 

 

 

俺はまだ便利屋がんばっているよ。

車椅子から回復する人

仕事が終わって帰り道にSさんにばったり。

早足で歩いている自分と同じスピードで歩いていることに驚いて感動した。

 

というのもこのSさん、膝の皿を痛めて手術していたからだ。

しかも70代…聞いたら山登りしているとのこと。

 

術後に病院に行って車椅子のお姿をみていただけに、びっくりした。

 

おそらく歩きたいとか、山登りするまで回復すると思い続けたんだろうけどすごいこと。

 

完治も目の前。おめでたい。

成人式…三十三間堂の思い出

13日は成人の日ですね。

 

成人式と三十三間堂の思い出があります。

 

大学時代は弓道部だったので、成人式の日は毎年、京都の三十三間堂の成人射会でした。

 

三十三間堂といえば着物を着た女性が弓を引いていますが、男も引いています。

写真には毎年写りませんが(笑)

 

1回生の時はパシリ

2回生の時は出場して

3〜4回生は暖かく見守っていました(4回は行かなかったかも?)

 

その後、部活の成人式で飲んだ記憶があります。

2回…20の時は紋付袴を4万くらい払ってレンタルしました。

 

着方はめちゃくちゃでしたが。

 

 

毎年成人射会のため、地元・江別市の成人式は断りました。

 

地元仲間に会えなかったのは残念でしたね。

まあ未だに繋がっていますが。

 

もう一つの思い出としては財布を落とした、もしくはスられたというのがあります。

 

緩かったのでしょう、人混みの中の注意を忘れていたというか知らなかった。

 

30万ありましてね。

3日立ち直れなかった。

 

懐かしい思い出ですね。

 

今年も後輩達が弓を引くことでしょう。

22年大河は北条義時

22年大河が北条義時になったとのこと。

 

政子と頼朝の結婚

源平合戦

政権簒奪

実朝暗殺

他の御家人滅ぼす

承久の乱

 

 

とネタは盛りだくさんですが、鎌倉時代は一般的に人気が薄いのではてさて。

特に北条氏や、頼家と実朝が短命で人気が今一つなのが原因だと思っています。

 

ただ、承久の乱推古天皇聖徳太子あたりの朝廷が定まって以降の日本史で、唯一、上皇天皇と本気で戦争して勝ってしまうという乱で、これの鎌倉幕府とか武士から見た結果は大きいですね。

 

北条義時、もう少し顕彰されても良いかもしれません。

ただ、関西の視聴率は低いかもしれない(特に京都)。