おもしろくない話だったので、今まで公開しませんでしたが、気持ちがひと段落したので日記にします。
1月末に師が亡くなりました。
ありがたいことに、僕には数人師匠がいますが、このNさんは庭師の師です。
以前便利屋で働いてた時の取引先だったのですが、その便利屋と揉めて辞めた時、僕側についてくれて仕事をくれた方です。
庭についていろいろ教わりました。
僕は庭師ではないので詳しくはないですが、Nさんのおかげで庭仕事も多少はできます。
ある日、
「う〜ん、まあええやろ。」
と庭の合格もらった時は嬉しくてガッツポーズとったっけ。
軽トラの横乗りしながらいろいろな話したなあ。
女性の話が一番盛り上がった。
艶福家で、本宅と愛人宅があって、僕が知ってるだけで3人愛人がいました。
70代半ばだったのに(驚)。
最期はガンで、亡くなる前に車の処分を頼まれて、売却した時には感謝されましたよ。
庭道具の一部を僕にくれました。
形見のつもりだったのでしょう。
大切に使っています。
亡くなった後、本宅は奥さんと息子さんがいらっしゃるのでいいとして、長岡京になる別宅と愛人のYさんがどうなるか気になってました。
もう家も処分してしまったのだろうか…。
常にYさんが長岡京の家に住んでるわけではないのは知っていたので、行っても会えないかもしれない…それどころか、売却済みもしくは解体済みかもしれない。
たまたま近くで仕事があったので、行ってみました。
すると…
Yさんがたまたまいらっしゃいましたよ。
月に数日しかいないのにタイミングばっちり。
自分の引き寄せ力を褒めたい。
亡くなったNさんの話など、いろいろ話してきました。
愛人が数人いたのは知らなかったらしい(笑)
この愛人…Yさんも相当変わっていて、Nさんの20代半ばの頃から付き合っていたよう。
Nさんは20代前半で結婚しているので、結婚後すぐYさんと付き合って50年くらい…。
そしてYさんは結婚はしていない。
長岡京の家はYさんの名義になっているので、別宅として月に数日一人で気楽に過ごしているとか。
本宅は奥さんと息子さんが。
別宅はYさんが。
Nさんは死後を踏まえて、財産を分けて残しておいたんですね。
Yさんがどうなっていたか気になってましたが、それなりに幸せに生きているようで安心しました。
また会うこともあるはず。
NさんとYさん。
いろんな人生があるなあと、生きるとは何かと考えさせられました。
YさんからNさんの仕事道具をもらいました。
僕も便利屋というか、人生頑張って生きようと思います。
NさんYさん、ありがとう。